2006年の創業以来、東大阪市でフェラーリの修理を手掛け、フェラーリ認定工場として20余年、確かな技術を提供してきた株式会社コミネ。2017年7月よりYASのグループ会社となり、グループの一員として新たなスタートを切った。今後、YASでは東日本はBPセンター三郷、西日本は株式会社コミネという2拠点体制でフェラーリ認定工場を運営し、さらなる事業成長を図っていくこととなる。自身も技術者としてフェラーリの修理事業を行ってきた株式会社コミネ 小峰利通社長に、これまでの道のりと、YASのグループ会社にいたった経緯、これからの想いについてお話を伺った。
コミネといえば、フェラーリの認定工場としてはもちろん、西日本ではトップクラスの技術を誇る板金塗装(BP)工場として知られています。YASのグループ会社になる以前、ほかにもいくつかの企業からM&Aのオファーがあったと聞きました。そのなかでYASのグループ入りすることを決意された決め手は何だったのでしょうか。
私はこれまで技術者として、フェラーリをはじめとする輸入車の板金・塗装業に携わってきました。20年ほど前に「ボディショップコミネ」を設立し、2006年からは株式会社コミネとして法人化。フェラーリの認定工場にも認定していただき、少しずつではありますが発展させてきました。そんななかで、私が感じるのは、自動車技術の「進化の速さ」です。昔のように職人がすべてを手作業で行うだけではなく、今はものすごいスピードで、自動車のコンピューター制御などIT化が進んでおり、高度化、複雑化していています。情報量の多さも日に日に増すばかり。私は、そんな時代の流れに追いつくためには、多大な設備投資や、最新の技術情報をいち早く仕入れる仕組みがなによりも必要だということを感じていました。でも、小さな町工場でいる限りは限界がある。
また、弊社には若い従業員がたくさんいます。これからのBP業界を担う彼らを早く成長させるためにも、これまで私が伝えてきた職人の手仕事以外にも、最新の技術をリアルタイムに学ばせてあげる環境が必要だと思っていました。私自身、66歳になりますが後継者がいなかったこともあり、どうにかして力強いパートナーを獲得し、協力してやっていくことが最善の策だと、漠然と考えていました。その矢先にYASさんからのお声掛けがあり、これは願ってもいないチャンスだと思いました。YASさんといえば輸入車業界でトップレベルの技術とサービス力で世界から信頼を誇る企業。そして高度化に対応できる大きな組織力と情報網もあります。事業拡大のための大きな助けになると感じました。YASさんの組織やノウハウを活用させていただきながら、我々もこれまで培ってきた技術力で貢献できたら。そう思ったことからYASさんへのグループ入りを決意しました。
YASへのグループ入りが決まった時、社員の反応はいかがでしたか?また、グループ入りして3ヶ月ほど経ちましたが(※)、変化を感じていますか?
グループ入りが決定するまでには1年半くらいの話し合いがありました。当然、その時には社員には伝えておらず、私と役員、そしてYASの方々だけで話し合っていたんです。でも、何度もYASの人が会社に出入りするものですから、社員もなんとなく勘付いていたんでしょうね。YASへのグループ入りが正式に決まって従業員に伝えた時には、皆わりと冷静に話を聞いていました。
大きく変わったのは、従業員の間で「売上目標を立て、達成する」意識が高まった点でしょうか。YASの一員となった手前、「課された目標数字は絶対に達成したい」「グループの中でも恥をかきたくない」ということを思っているようです。以前よりも一丸となって、協力し合いながら頑張ってくれていて、グループ入りしたことで会社の雰囲気もよくなっていることを感じます。また以前よりも身だしなみを気にするようになったり、お客様がいらした時にきちんと挨拶するようになるなど、細かなところにもいい影響が出ています。
※本取材は2017年10月に実施したものです。